1.16.2013


今日は辛口のブログ、しかも自分の専門外である医療に言及します。


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朝日新聞1月14日 
(記事の後半を読むためには、朝日新聞への無料登録が必要なようです。)

■50歳からPSAを 
PSA検査は、米国では50歳以上の75%が受診しているのに対し、日本はずっと少ないとされる。血液検査なので定期健診や人間ドックのついでにやると手軽にできる。追加検査項目となっている場合があるので、事前に確認しておくことが必要だ。記事最終パラグラフを抜粋)



前立腺癌にかかり、手術を受けた記者による体験記である。
前立腺癌のスクリーニングテストであるPSA検査のデメリットを一切説明せずに、検査を勧めている内容に正直驚いた。

確かに前立腺がんにかかってしまったこの記者を気の毒に思う。
そして自身のがん手術体験を記事にするという行為は、大変に素晴らしいと思う。

しかしこの記事を読む限り、記者および編集者は海外の新聞や研究、本に目を通していないのではないか、と疑わざるを得ない。なぜならPSAのデメリットが一切触れられていないからだ。これでは誤解を招きかねない。

前立腺がんのスクリーニング検査、PSA(前立腺特異抗原)は感度が良すぎるために、がんになる手前の細胞や治療しなくてもよいがんーーすなわち進行性がかなり遅くほぼ無害の癌まで発見してしまうこと、が近年の研究によりわかっている。(参考文献1、2、5)


悩ましいのは早期発見された癌がいつ、どうやって悪性に転じるのか、そのメカニズムがまだよくわかっていないことだ。だが統計的に見ると、早期発見された前立腺がんの場合は往々にして進行が遅く、手術・治療によるデメリット(副作用)がメリット(悪性がんの検出)と同等、あるいは上回ることがわかっている。


そのため、米国予防サービス・タスクフォース(US Preventive Services Task Force) は去年、PSAを推奨しないことを発表し、かなりの物議をかもした。
米臨床腫瘍学会はそれに反論し、以下のガイドラインを遵守すれば、米国におけるPSAスクリーニングの効果は直ちに改善される、と発表した。(参考文献3)

 効果の見込めない患者ではPSA検査を行わない。
  余命が短く症状のない患者にPSAスクリーニングを勧める正当性はない。 
 治療を必要としない患者を治療しない
  スクリーニングで発見された前立腺がんの多くは迅速な治療を必要とせず、経過観察でマネージできる。実際、スクリーニングで発表されたがんのほとんどは、迅速な根本的治療を必要としない。 
 治療を必要とする患者は、経験豊富な病院へ紹介する。 

日本癌治療学会(参考文献4)によると、
「米国予防医学研究班やアメリカ内科学会は,現時点では,ルーチンの検診を推奨すべきエビデンスも,また推奨しないエビデンスもないことを理由に,検診とその後の治療に関して受診者に情報提供を行い,受診をするか否かは自己判断すべきとしている。 」

ただし、泌尿器学会はPSAの有益生を未だに支持しているようで、学会によって見解が異なるのが問題を更にややこしいものとしている。

しかし確かなのは、PSAは万全の検査ではないということだ。
だからこそ、医者は患者に検査のメリットとデメリットの両方を説明することが大切である。メディアも一方的でない、多角的視野と調査に基づいた情報を伝えるのが責務だ。


    *****


私は がん検診が悪い、と言っているわけでは決してない。

なにせ10代で父親を癌(脳腫瘍)で亡くし、他にも癌にかかった肉親がいて、自分自身も検査に引っかかったことがある私にとって、癌は非常に身近な存在だ。
父親の癌が早期発見出来ていたら、、、と、亡くなってから15年以上たつ今でさえ、時折悔やしい思いでいっぱいになる。やるせなくなる。

けれど一色単に 癌=悪い奴、怖い病気 と決めつけて、早期発見のスクリーニングテストのメリットのみを取り上げるこの記事はどうだろうか、と思う。

医療検査と言うのは100%の精度を持っているわけではない。
擬陽性、つまりがんでないのに、検査でがんと診断されることもある。

特にPSAの場合は擬陽性が高く、過剰診断、過剰治療が問題となっている。
治療や手術が患者のその後のQOL(Quality of Life、生活の質) に多大な影響を及ぼすだけに、スクリーニングを受ける際にはきちんとした知識が必要だ。


仮に検査で早期の前立腺がんと診断された場合でも、擬陽性である可能性や放っておいてもよい癌であることもあるので、体に負担の大きい治療をせずに、PSA値を見守っていく手法がアメリカでは時にとられる。(参考文献4)
(上述した、米臨床腫瘍学会の新ガイドライン2がこれにあたる。)


この、治療をせずに成り行きを見守る、という手法はアメリカでは近年 Watchful Waiting (観察待機、経過観察)から Active Surveillance (積極的監査) という呼び名に変わった。*注1


観察待機という呼び名では、癌が主体で、患者は受動的な立場に見える。
だが積極的監査というと、一転して主体はあくまで患者自分。能動的となる。同じ手法でも呼び名の変更により、患者の心の受け止め方が変わるところに着目したのだろう。

癌が自分の体にあるかもしれないのに、待機するしかないのか、と患者は悲観的に考えがちだ。不安な日々を送るのも当然だ。

進行を待つのではなく、自分は積極的にがんを監査しているのだ、と見方を変えるだけで、自分の体を自分でコントロールしている気分になり、ほんの少しはポジティブな気持ちになるのではないだろうか。


  *****


「検査がどの程度信頼できるのか。検査の数値が何を意味するのか。治療、あるいは手術すべきか否か。」

なんでも医者一人の判断にまかせるのではなく、患者自身が医者の情報や自分の持つ知識(メディカル・リテラシー)を元に最終的には自身で判断を下す。そして時にはセカンド、サードオピニオンを求める姿勢が大切なのではないだろうか。

そしてメディアはより包括的な調査を行い、検査のメリット・デメリットの両方を伝えることが必要ではないだろうか。


参考文献

1 米国国立癌研究所 (英語)

2 メイヨークリニック Mayo clinic (英語)
   
3  異端医師の独り言
  「有害な検診 前立腺癌」

  自らを日本の異端医者、と言い切る欧米型のエビデンス(科学根拠)ベースの診断、
  治療を行っている医者のブログ。

4 日本癌治療学会、がん診療ガイドライン、前立腺がん
   
5 米国国立癌研究所(日本語訳HP)


(注1)
 Watchful waiting (経過観察)とActive surveillance (積極的監査)は同じアプローチと見なす医者もいる一方で、微妙に異なると言う医者もいる。すなわち、積極的監査の方は経過観察よりも頻繁に検査を行うものだと。ただし厳密な定義はなされていないよう。

参考サイト
http://www.cancer.org/cancer/prostatecancer/detailedguide/prostate-cancer-treating-watchful-waiting
    


参考資料(英語)

NYタイムズ
 医療学術論文を元に、総合的な視点で記事が書かれている。


 過剰診断、過剰治療を説き、全米で話題になった本。
 筆頭著者のGilbert Welch博士はスクリーニング検査に詳しく、各種メディアにもよく寄稿している。共著者の 医者、Dr. Lisa Schwarts、および Dr. Steve Woloshin はダートマス大学メディカルスクールの特別機関の一つ、Institute for Health Policy and Clinical Practiceの教授。


  米国がん学会の副会長であり、Emory大学教授でもあるDr. Otis Brawley による、アメリカの医療制度の問題を書いた本。
       


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